未来への文化共創 ウィーク
歴史文化の継承と発展
2025年日本国際博覧会協会
本プログラムは、テーマウィーク全体協賛者と連携して博覧会協会が企画・実施する「アジェンダ2025」の一つです。「芸術文化や言語をどのように継承し、世論・イノベーション・科学技術・経済公共政策などと繋ぎ、未来に残していくか」というセントラルクエスチョンを中心に、トークセッションが展開されます。
映像記録有り
対話プログラム
- その他
同時通訳 | 提供する |
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発信言語 | 日本語及び英語 |
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アジェンダ2025
主催プログラム
- 開催日時
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2025年05月05日(月)
10:00 ~ 12:00
(開場 09:30)
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- 開催場所
- テーマウィークスタジオ
プログラム内容
*字幕:YouTube動画の右下「歯車」マークの「字幕」よりお選び下さい。(複数言語、音声が重なる際等、字幕が掲出されない場合があります)
「文化資源」という言葉をご存じでしょうか?人間の活動で生みだされた多様な文化の総体を資源と考え、より豊かで暮らしやすい社会の実現に向けて活用しようとするものです。かつて生きた人々の営みを知り、未来へと歩むためにも共有すべき価値感や感性、逆に人類を不幸に導いてきたそれらを理解する上で大切なコンセプトだと言えます。このセッションに登壇するのは、紛争、戦争、自然災害など社会を根柢から揺るがす場所を拠点に活動する、世界的に注目される3名のアーティストです。日本、ウクライナ、イスラエル、ガザ地区などにおける文化資源の現在地を問い、その意義について語り合い、考察していきます。災禍によって壊れ、かけらになってしまった文化財やインフラ、言葉そのものは人間のありようを浮かび上がらせ、立ち直らせるのに有効な素材となり得るのか。芸術や工芸などは個人と社会を結び付け、非常時の際に命を守る「シェルター」となり得るのか。災害と戦争のさなかに生まれた表現が、その災禍を超え、起きたことの証言として後々どのように機能し得るのか。アーカイブ化、修復、継承、揺れ動く時代を捉えなおし共有する文化資源の可能性と課題について活溌な議論を展開します。
実施レポート
【プログラム要旨】
2025年大阪・関西万博「テーマウィーク」において開催されたセッション「歴史文化の継承と発展」では、戦争、災害、暴力などによって文化や社会が深く傷つけられる現代において、それでもなお芸術表現が持つ再生と連帯の力について多角的に議論された。本セッションには、文学者でありメディアテーク館長のロバート・キャンベル氏をモデレーターとして、イスラエル、ウクライナ、日本など各国からアーティストが登壇。彼らはそれぞれの活動を通じて、破壊と再構築、記憶と想像、文化資源の意味と役割について語った。
【ロバート・キャンベル氏 発言要旨】
キャンベル氏は本セッション全体の進行を務めるとともに、冒頭において「文化資源」という言葉の多義性について深く掘り下げた。文化資源とは単に歴史的建造物や伝統芸能を指すのではなく、人々が生きてきた痕跡、生活の記録、言語、音楽、そして芸術表現全体を含むものであり、危機の時代においては特にそれが社会を再生する手がかりになるとした。例えば、災害によって破壊された地域において、地域住民が共に語り合う場を設け、詩や絵を通して心の復興を促すことなどは、その好例である。さらに氏は、戦争や自然災害といった過酷な状況下であっても、文化の営みが断絶することなく続けられるためには、制度的な支援だけでなく、日常的な実践としての文化継承が不可欠であると述べた。文化とは記録されただけの静的な存在ではなく、人々の関わり合いの中で常に生成され続ける動的なものであるという認識が強調された。また、アーカイブや記録を「保存」するだけでなく、「再読」や「再演」の機会を通じて現在の文脈で再解釈する必要性にも言及した。詩人ムスアブ・アブー・トーハの作品を取り上げる中で、キャンベル氏は「言葉は避難民にとって最後に残された居場所である」と語った。暴力によって奪われた住まい、失われた家族、消えた風景を、詩として記録する行為そのものが、生の証明であると位置づけた。また、言葉を共有することは共感を生み出し、それが連帯につながるとし、文化資源が人と人を結ぶ「橋」であることを再認識させた。 セッションの最後には、文化資源の保護と活用には「参加」が不可欠であるという結論を導き出した。行政や専門家だけでなく、市民が自らの生活の中で文化と関わり、表現し、伝えていくことで、文化は真に生きた資源となる。そのための教育や仕組みづくり、そして何よりも表現の自由が保障される社会の基盤が求められると力強く訴えた。
【竹村 京 氏 発言要旨】
竹村京氏は、日本とヨーロッパを往復しながら活動を続ける現代美術作家として、文化資源の「再構築」に関する視点を提示した。彼女の作品は、災害などで破損した器や瓦を収集し、それを絹糸で丁寧に縫い合わせることで新たな形に再生するというもの。この行為は、単に物理的な修復を意味するのではなく、「壊れたもの」に込められた歴史や記憶に新たな命を吹き込む行為であると氏は語った。 特に2024年の能登半島地震の被災地を訪れ、地元で使われていた漆器や陶器の破片を見つめながら、それが持っていた生活の痕跡や家族の物語を想像した経験が印象的だったという。それらは単なる器ではなく、人々の暮らしそのものを映し出す鏡であり、失われたものをつなぎ直すことで、次の世代へ文化を手渡す媒介となると述べた。 また、氏は自身の創作を「縫う」ことそのものに意味を見出すと語る。壊れたものをそのまま捨てるのではなく、糸でつなぎ合わせる行為は、まさに文化的連続性の象徴である。糸は脆弱だが、それを使って綴じられた断片は、かえって元の形よりも強い意味を持つ。これは、喪失を受け入れながらもそこに希望を見出すという営みそのものだと氏は語った。
ドイツ・ベルリンでの制作経験からは、他文化との比較や摩擦を通じて、日本独自の「物を大切にする文化」や「不完全さの美学」が再認識されたと述べた。修復とは、完璧な元の状態に戻すことではなく、壊れた状態も含めて新たな美を創造する行為である。この姿勢は、文化資源を未来へと手渡すための創造的実践のあり方を示唆している。
【ルース・パティル氏 発言要旨】
ルース・パティル氏はイスラエルを拠点とする映像作家として、国家、宗教、ジェンダーといった社会構造と個人の身体の関係性を鋭く問い直す作品を数多く手がけてきた。セッションでは、氏の代表的な映像作品「Keening」や、古代女性像を3Dアニメーション化したインスタレーションなどが紹介され、芸術表現を通じて「悲しみ」と「希望」を編み上げる試みが提示された。「Keening」とは、葬送の場で行われる慟哭の儀式を意味し、戦時下のイスラエル社会において、国家的ナラティブに埋もれがちな個人の悲しみを可視化するための象徴的表現となっている。この作品では、現代の女性の身体に古代の女神像の動きを重ね合わせることで、時代と空間を超えた共鳴が生まれるよう意図されている。さらに、モーションキャプチャー技術を駆使して、実際の身体の動きを忠実に再現し、鑑賞者に身体的な実感を伴わせる構成となっている。パティル氏は、表現者としての責任についても言及した。戦争や紛争という極限状況において、映像作品が果たすべき役割は単なる記録ではなく、社会の裂け目に光を当てることであると強調。被写体の身体性を尊重しながら、それぞれの声を多層的に映し出す必要があると述べた。また、個人の身体を通して、国家や宗教といった巨大な構造を批評することは、同時に新たな共同体の在り方を模索する営みでもあると語った。 さらに、女性の身体が国家のイデオロギーによって再生産される現実を、パティル氏は冷静にかつ情動的に描き出す。不妊治療や代理出産といった現代の医療技術が、個人の選択の自由を保障する一方で、国家的目的と結びつく危うさを指摘。そのような視点から、作品は政治的・宗教的な規範に抗する身体の表現として、個人の尊厳を再確認する場となる。「Keening」は、観る者に強い感情的反応を引き起こすが、それは単なる感傷ではなく、共感と連帯を促す倫理的空間を創出することを意図している。パティル氏の実践は、文化資源が持つ批評性と詩的想像力の可能性を示し、戦争や社会的抑圧の中でも表現の火が消えないことを力強く証明している。
【オスタップ・スリヴィンスキー 氏 発言要旨】
オスタップ・スリヴィンスキー氏はウクライナを代表する詩人・翻訳者であり、文学と社会をつなぐ活動を積極的に展開してきた。ロシアによる軍事侵攻以降、氏は国内外で避難民となった人々の声を集め、「戦争語彙集」という形で発表。その活動は、文学が現実の暴力に抗し、記憶を保持し続けるための手段であることを改めて証明した。 「戦争語彙集」は、ウクライナ語のアルファベットに沿って77の語彙を選び、それに対応する避難者たちの証言を短い物語形式で記述したものである。それぞれの証言は、戦争によって日常がいかに変貌し、言葉がどのようにその変化を映し出すかを鮮やかに示している。例えば、「家(дім)」という語が、もはや温かい家族の記憶ではなく、砲撃によって崩壊した瓦礫のイメージとして語られるようになった現実。あるいは、「母(мати)」という言葉が、生き別れた親との再会の希望と絶望を同時に含意するようになるなど、言葉に刻まれる意味の変容が浮き彫りになる。 スリヴィンスキー氏は、こうした証言の編纂において「記録」と「詩」のあいだに位置する表現の在り方を模索したと述べる。単なるジャーナリズム的報告ではなく、語り手の声が尊重され、読み手の想像力を喚起する形式を追求した。証言はどれも匿名であるが、それが逆に普遍的な経験として読者に届くよう構成されている。氏は、「言葉を奪われることは、存在を奪われることに等しい」と述べ、詩人として言葉の居場所をつくる責任を痛感していると語った。 さらに、氏は文学の役割を「記憶の運搬者」と位置づけ、ウクライナという国の歴史的経験が戦争という現実の中でも失われることのないよう、次世代に語り継ぐことの意義を強調した。文学が単なる慰めや逃避ではなく、人々の痛みに寄り添い、言葉にできない経験を表現可能なものへと昇華させる装置であることが、スリヴィンスキー氏の実践を通じて明確に伝わってきた。 このように、スリヴィンスキー氏の活動は、文化資源の中でもとりわけ「言語」が果たす役割の大きさを示すものであり、言葉の継承が文化の継承そのものであることを印象づけるものであった。
【ディスカッション要旨】
セッションの締めくくりとして行われた総合ディスカッションでは、各登壇者の実践に共通する「文化の継承とは何か」「誰がどのように語るのか」という根本的な問いが、改めて浮き彫りになった。キャンベル氏がファシリテートするかたちで進行したこの議論は、単なる講評の枠を超え、文化とは静的な遺産ではなく、「問いかけ続ける対話の場」であるという認識を全員が共有するものとなった。 竹村氏は「文化を縫い合わせる」という表現を用い、断絶された記憶や関係性を再接続する営みとしてのアートの役割を強調した。作品制作においては、素材だけでなく人々の語りや風景も「縫われて」いくものであり、そのプロセス自体が文化の再構築であると語った。 スリヴィンスキー氏は、「語られないことの中にこそ暴力が潜む」と述べ、語ること、記録することの倫理的意味を強調した。沈黙を強いられた声をいかに詩的に、かつ誠実に表現するかが、現代の文化実践における大きな挑戦であると語った。 パティル氏は、「失われた身体」に空間を与えることの難しさと責任について語り、「アートは、見えないものに形を与えるメディアである。文化継承とは、制度的に排除されてきた存在に対して、想像力を介して再び「語られる場」を作ることである。」と述べた。 最後にキャンベル氏は、文化の継承とは一方向的な伝達ではなく、「絶え間ない翻訳と再構築の営み」であり、そこには他者への想像力と開かれた対話が不可欠であると締めくくった。このディスカッションは、文化とは記録ではなく「問い直され、手渡され、編み直される現在進行形の営み」であることを、深く印象づけるものとなった。
出演者情報
モデレータ
ロバート キャンベル
早稲田大学特命教授、早稲田大学国際文学館(村上春樹ライブラリー)顧問、2025年日本国際博覧会協会 理事、シニアアドバイザー、日本文学研究者
日本文学研究者。専門は江戸・明治時代の文学、特に江戸中期から明治の漢文学、芸術、思想などに関する研究を行う。 主な編著に『戦争語彙集』(岩波書店)、『よむうつわ』(淡交社)、『日本古典と感染症』(角川ソフィア文庫、編)等がある。テレビ番組のMCや、ニュースコメンテーターを務める等、メディア出演多数。
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登壇者
©︎ Oleksandr Laskin
オスタップ・スリヴィンスキー
PENウクライナ
オスタップ・スリヴィンスキーは、ウクライナの詩人、翻訳家、エッセイスト、学者である。『Sacrifice of Big Fish』(1998年)、『The Midday Line』(2004年)、『Ball in Darkness』(2008年)、『Adam』(2012年)、『The Winter King』(2018年)の5冊の詩集を執筆し、ロシアのウクライナ侵略参謀者と目撃者の証言を基にしたドキュメンタリー集『The Dictionary of War』(2023年)を執筆した。著書は、アメリカ(The Winter King、Lost Horse Press 2023)、ドイツ、ポーランド、チェコ共和国、ブルガリア、スロバキア、マケドニアで出版されている。また、デレク・ウォルコット、ウィリアム・カルロス・ウィリアムズ、チャールズ・シミッチ、チェスワフ・ミウォッシュ、オルガ・トカルチュク、ゲオルギー・ゴスポディノフなどの作品を翻訳したことでも知られている。ウクライナ・カトリック大学(リヴィウ)言語学部の准教授で、2007年に人文科学の博士号を取得(現代ブルガリアの散文における沈黙に関する論文を含む)。主な研究分野は、異文化間コミュニケーション、中央ヨーロッパと東ヨーロッパのスラブ文学の比較史、翻訳研究。比較文学と異文化間コミュニケーションに関する多数の論文を発表。2021年からは、1939年以前の東欧文学における大惨事の予測に取り組む国際研究チームの一員として活動している。現代エッセイのアンソロジー「タイタニックという名の箱舟」であるウクライナとブルガリアのバイリンガルアンソロジー「Ukrainian Poetic Avant-Garde」(2018)の編集者だった。西暦2020年の人類についての20のエッセイ(2020)と現代ウクライナの詩のアンソロジー「サイレンの中で」。戦争の新しい詩(2023)を執筆。オレグ・センツォフを支援する公的な行動(2018-2019年)や、占領下のクリミアとロシア連邦で不法に投獄されているクリミア・タタール人ジャーナリストを支援するキャンペーン「Solidarity Words」(2021年以降)など、ウクライナでいくつかの人権活動やキャンペーンを開始、参加した。2015年以降、『Preparation』(2015年)、『The Winter King』(2018年)、『Windows Opened』(2021年)、『Return Is (Im)possible』(2023年)など、アーティストや作家とコラボレーションし、パフォーマンスやメディアプロジェクトを行っている。2006年から2007年にかけてリヴィウで開催された国際文学祭の初代プログラムディレクターを務めた。2016年から2018年にかけて、彼は公開ディスカッションプラットフォーム「Stories of Otherness」(さまざまな種類の社会的排除に苦しむ作家、知識人、市民活動家への公開インタビューシリーズ)を組織した。2021年からは、新米作家を対象としたPENウクライナのフェスティバル「Propysy(The Writings)」を主催している。2022年にはPENウクライナの副会長に選出された。
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©Goni Riskin
ルース・パティル
アーティスト
アーティストのルース・パティルは、ドキュメンタリーとコンピューターで生成された画像を融合させ、リアリズムの可能性を広げている。作品は、アーティストの自伝から始まることが多く、徐々にジェンダーの政治、テクノロジー、権力の隠されたメカニズムなど、より大きな社会問題に取り組みへと開かれる。 パティールは、ベツァルエルアカデミーとスデロットのサピール大学で実験映画の教授を務め、2015年にニューヨークのコロンビア大学で新ジャンルの修士号を取得し、2011年にエルサレムのベツァルエル・アカデミー・オブ・アート・アンド・デザインで美術学士を取得。2023年、第60回ヴェネツィア・ビエンナーレのイスラエル・パビリオンに出展するアーティストに選ばれた。しかし、停戦と人質解放の合意がない限り、アーティストとキュレーターは、ビエンナーレが閉幕するまで展示を永久に一時停止することを選択した。これまでに、光州ビエンナーレ、イスラエル博物館、テルアビブ近代美術館、チューリッヒのオンキュレーション・プロジェクト、テルアビブ・ヤフォ現代美術センター、ハミドラシャ・ギャラリー・テルアビブ・ヤフォ、MoMAの新人監督ニュー・フィルム、エルサレム映画祭、ニューヨークのダンスペース・プロジェクト等で展覧会を開催。
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©Sang Hun Lee
竹村 京
現代美術作家
1975年東京生まれ、東京藝術大学美術学部絵画科油画専攻卒業。同大学大学院美術研究科修了、ベルリン自由大学自由芸術学部卒業、2000年から2015年までベルリン滞在。現在は高崎で制作活動を行なっている。刺繍という行為は、竹村にとって「仮に」という状態を作り出すことを意図しており、失われてしまったものや記憶のかけらをより具体的な存在へと昇華させる。個展「How Can It Be Recovered?」Maitland Regional Art Galery(シドニー、2020年)、「Floating on the river」京都国立近代美術館(京都、2021年)、「第15回シドニー・ビエンナーレ」(2005年)、「横浜トリエンナーレ」(2020年)「Does the Future Sleep Here?」国立西洋美術館(東京、2024)など、国際的に高い評価を獲得しながら活動の場を広げている。
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本プログラムは、テーマウィーク全体協賛者と連携して博覧会協会が企画・実施する「アジェンダ2025」の一つです。「芸術文化や言語をどのように継承し、世論・イノベーション・科学技術・経済公共政策などと繋ぎ、未来に残していくか」というセントラルクエスチョンを中心に、トークセッションが展開されます。
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2025年05月05日(月)
10:00~12:00
(開場 09:30)
- テーマウィークスタジオ
- ※プログラム開催時間・内容は掲載時点の予定となります。変更については、当WEBサイトや入場券予約システム等で随時お知らせしてまいります。
- ※プログラムの性質上、実施主催者の都合等に因り、ご案内時刻等が変動する可能性があります。
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